SUPER MIX+MEGA MIX
作成:2001年1月24日/更新:2015年5月18日
[Side A]
1.Stranger In Town (Super Mix)
[Side B]
2.SOS〜Drive All Night〜Neon Boy〜Mystery Girl〜Heart Edge〜Low Missile〜Nurnberg (Mega Mix)
発売日:1986年4月21日 12inch Single:COLUMBIA AY-7410
花田裕之 (vo,g)
下山淳 (g,k)
柞山一彦 (b)
灘友正幸 (d)
All Tracks Produced by Syozo Kashiwagi
Megamixer : Date Of Birth,Y.Moriyama
Photography : Atsushi Ueda
Cover : Tomone Kaburagi
[1986年前半のルースターズと大江慎也]

 
アルバム『Neon Boy』(1985年9月)発表に伴うライヴ・ツアーを終えたルースターズは、1986年に入ると活動がスロー・ダウン。ライヴも1月と3月は各3本、2月は名古屋のみ。代 わりに各メンバーの課外活動が目立つようになり、下山淳は遠藤ミチロウ、花田裕之はSIONのデビュー作、柞山一彦は1984の『BIRTH OF GEL』のレコーディングに参加。花田・下山・灘友が柴山 俊之のソロ・アルバム『Sentimental Fool』(1986 年7月発表)の制作に関わったのも恐らくこの頃。資料不足のため細かい部分までは把握出来ませんでしたが、所属事務所との契約満了の影響もあったと思われ ます(ちなみに事務所の先輩・ゴダイゴの活動停止が1985年4月、プロデューサーの柏木省三がPortrait Recordsを立ち上げるのが1985年6〜7月頃と、バンド外部の変化が1985年内に起きている)。

 そうした中、1986年2月にルースターズにとって初のCD『BEST COLLECTION』が発売され(後に『THE FIRST HALF COLLECTION』と して再発売)、1986年4月に12インチ・シングル(本作)が発表されます。A面は「STRANGER IN TOWN」の" SUPER MIX"、B面が過去の作品のメドレー。このシングルがルースターズと柏木省三との実質最後の共同作業となり、以後別々の道を進む事になりますが、時を同 じくして大江慎也は1986年春に再び上京。当時のマネージャーからルースターズ復帰を打診されますが、1年前の脱退報道のショックが大きかったのか、復 帰の意志があるにもかかわらず返事が出来なかったという(※書籍『ロック画報(17)』参照)。その後大江は柏木と連絡を取り、1986年4月19日@新宿LOFTでの1984のライヴでのステージ復帰をきっかけに1984 featuring 大江慎也としての活動がスタート。1987年1月1日、大江慎也名義のファースト・ソロ・アルバム『Rookie Tonite』が発表されます。

…ということで、
The Roosterz『KAMINARI』へ進む。
→大江慎也『Rookie Tonite』へ進む。
CDに ついて:
 2004年発表のボックス・セット『Virus Security』で初CD化。しかしこれ以外でのデジタル版リリースはなし。

1. Stranger In Town (Super Mix) (作詞:柴山俊之/作曲:花田裕之)

 アルバム『Neon Boy』収 録曲リミックスした別ヴァージョン。アルバム・ヴァージョンは花田裕之のヴォーカルとギターを全面にスマートな印象でしたが、この12インチ・ヴァージョ ン(Super Mix)では下山淳のディレイを駆使したギターが目立つ仕上がりに。ライヴでも12インチ・ヴァージョン同様のアレンジで演奏されており (2010,2011年の再結成を含む)、にもかかわらずベスト盤CDには一切未収録。現時点でのCD化はボックス・セットのみ。


2. SOS〜Drive All Night〜Neon Boy〜Mystery Girl〜Heart Edge〜Low Missile〜Nurnberg (Mega Mix)

 ルースターズ・ナンバー7曲をテープ編集で現在から過去へとメドレー方式で繋げたもの。これはプロデューサーの提案でバンド側はノー・タッチで制作されたもの。"メドレーもの"といえばStars on 45(1981 年)の大ヒットがよく知られていますが、そのブームから既に4〜5年が経過、音楽誌でも指摘されている通り、日本制作によるT.REXのメドレー盤 (MEGA MIX)の影響下で制作されたもののようです。しかしリミックスやマッシュ・アップ等の大胆な手法が施されているワケでもなく"ただ繋げただけ"のものな ので、恐らく1〜2度聴いてそれっきりの方も多いのでは…。プロデューサーとバンド側の方向性のズレが表面化した作品とも解釈可能ですが、プロデューサー はその後も大江慎也のシングル『Great Big Kiss』(1988年)のカップリングでカヴァー曲メドレーを制作しています。

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