Biography (簡易版) さらに詳しく知りたい方はファン・サイト"Sonic Gypsies"をご覧ください。
人間クラブ
1979年1月 前身のバンド人間クラブ結成。メンバーは南浩二(vo)、大江慎也(g)、花田裕之(g)、井上富雄(b)、池畑潤二(d)。他に本山裕之(b)が一時的に参加。北九州を中心に活動。
1979年7月 福岡で開催されたアマチュア・バンド・コンテスト"第6回 L-Motion"に参加、グランプリを獲得。
1979年8月 人間クラブ解散。
1979年9月 7月の"第6回 L-Motion"の模様を収録したアルバム『LIVE L-MOTION 6th』がコロムビア・レコードから発売。人間クラブの「Saturday Night」、TH eROCKERSの「ムーンナイト・ラブ」等を収録。
1979年8〜9月頃 大江慎也花田裕之他数名とスニーカーズを結成。しかし数回のリハーサルのみで解散。
The Roosters
1979年10月 ザ・ルースターズ結成。メンバーは大江慎也(g)、花田裕之(g)、井上富雄(b)、池畑潤二(d)。
1980年4月1日 雑誌『ROCK STEADY』主催のテープ・コンテスト"ロック・ファンクション全国大会"に出場、ロック・ステディ賞を受賞。
1980年5月 ビクターのスタジオでデモ録音(一部を除き2003年にCD化)。が、互いの意見の相違によりレコード会社との契約には至らず。
1980年6月 上京。メンバーやスタッフと共に共同生活がスタート。
1980年7月 東京での本格的なライヴ活動がスタート。恐らくこの時期に音楽事務所、ジェニカ・ミュージックに所属したと思われる(推測)。
1980年8月 コロムビア・レコードと契約。6日、東京・赤坂のスタジオでファースト・アルバムのレコーディング開始。
1980年11月 コロムビア・レコードよりファースト・シングル『ロージー』発売。
1980年11月25日 ファースト・アルバム『THE ROOSTERS』発売。
1981年2月1日 シングル『どうしようもない恋の唄』発売。
1981年5月1日 シングル『One More Kiss』発売。
1981年6月25日 セカンド・アルバム『THE ROOSTERS a-GOGO』発売。
1981年7月25日 シングル『Girl Friend』発売。
1981年11月25日 サード・アルバム『Insane』発売。
1982年1月 この頃から安藤広一(k)がサポートとして演奏に参加。
1982年3月1日 シングル『Let's Rock』発売。が、初回プレスは歌詞の問題により回収、後に歌詞を差し換えて発売。
1982年3月5日 映画『爆裂都市』サントラ盤発売。出演者によるバトネロッカーズの他、別ユニットの1984のナンバー等を収録。
1982年3月13日 大江慎也池畑潤二出演の映画『爆裂都市』公開。
1982年7月4日 千代田公会堂にて初のワンマン・コンサートを開催。ゲストで:鮎川誠が参加。
1982年10月中旬頃 大江慎也、体調不良のため入院。11月4日まで大江慎也不在のままライヴが行われるが、その後はすべてキャンセル。
1982年11月21日 12インチ・シングル『In Nurnberg』発売。別ユニット、1984のメンバーがゲスト参加。
1983年1月 雑誌『音楽専科』1983年2月号に大江慎也の退院が報じられる。
1983年6月19〜21日 Iggy Popの来日公演のオープニング・アクトを務める。ここから下山淳(g)がサポート・メンバーとして参加。
1983年6月??日 池畑潤二脱退(→後にゼロスペクターを結成)。
1983年7月1日 12インチ・シングル『C.M.C.』発売。下山淳(g)がレコーディングにも関わり始める。
1983年8月17〜19日 灘友正幸(d)を新メンバーに迎え、新宿Loftでライヴを行う。
1983年10月16日 日本青年館にてワンマン・コンサート「ルースターズ"復帰"第1回コンサート」開催。
1983年10月21日 アルバム『DIS.』、シングル『The Air』発売。安藤広一(k)、下山淳(g)、灘友正幸(d)が正式メンバーとなる。
1984年1月1日 シングル『Sad Song (Winter Version)』発売。
1984年1月2日 新宿LOFTでのライヴを最後に井上富雄脱退(→後にBlue Tonicを結成)。
1984年1〜2月頃 オーディションにより柞山一彦(b)が参加。
1984年4月21日 アルバム『Good Dreams』発売。ここから名義が"The Roosterz"に変更。
1984年10月21日 初の映像作品となるビデオ『Paranoiac Live』発売。
1984年12月21日 アルバム『φ』発売。好セールスを記録。
1985年3月15日 渋谷東横劇場のライヴを最後に大江慎也が再び入院。長期休養に入る。
1985年3月26日 筑波でのライヴを最後に安藤広一脱退。
1985年4月頃 雑誌で大江慎也脱退が報じられる。バンドは花田裕之をフロントに4人編成で活動を継続。
1985年7月21日 初のベスト盤『Collection 1980-1984』、新編成になって初の12インチ・シングル『SOS』発売。
1985年9月21日 アルバム『Neon Boy』発売。ライヴではしばらく木原龍太郎(k/現・キハラ龍太郎)がサポートとして参加。
1986年2月21日 CDとしては初のベスト盤『Best Collection』発売(→後に『The First Half Collection』として再発売)。
1986年4月19日 大江慎也、新宿LOFTで行われた1984のライヴでステージ復帰。以降、しばらく1984と活動を共にする。
1986年4月21日 12インチ・シングル『Super Mix + Mega Mix』発売。その後、所属事務所をSMASHへ移籍。
1986年11月1日 アルバム『KAMINARI』発売。
1987年1月1日 大江慎也、ポートレイト・レコードより初のソロ・アルバム『ROOKIE TONITE』発表。インディ・チャートで第1位を記録。
1987年5月22日 パリでのレコーディングのため、渡仏(6月22日まで)。
1987年7月21日 初期ルースターズの未発表音源集『unreleased』発売(現在は廃盤)。
1987年9月1日 アルバム『Passenger』、シングル『Burning Blue』発売。
1987年11月7日 大阪・桃山学院大学でのライヴを最後に柞山一彦灘友正幸脱退。
1987年12月15日 穴井仁吉(b)、三原重夫(d)を新メンバーに迎え、恵比寿Factoryでライヴを行う。
1988年5月1日 アルバム『FOUR PIECES』発売。スタジオ録音としては最後の作品となる。
1988年7月22日 渋谷公会堂にてThe Roosterzの解散ライヴが行われる。ゲストとして大江慎也井上富雄池畑潤二参加。
1988年7月31日 MZA有明で追加公演が行なわれ、この日をもってThe Roosterz解散。
1988年10月10日 7月22日のライヴを収めたアルバム『FOUR PIECES LIVE』発売。
解散後 (1989〜1999)
1989年7月21日 ベスト盤『The Last Half Collection 』発売。
1990年4月6日 花田裕之、東芝EMI(現・EMI Music Japan)よりシングル「Mystery」でソロ・デビュー。
1990年7月31日 大江慎也+ONES結成、アルバム『Will Power』を発表。が、すぐに解散。
1990年11月21日 大江慎也、札幌でのステージを最後に再び体調を崩し休養、以降音楽活動からしばらく遠ざかる。
1990年11月21日 初期ルースターズのライヴ・ビデオ『Early Live 1981』発売。
1990年12月21日 後期ルースターズのライヴ・ビデオ『Final Live 1988』発売。
1992年10月 大江慎也、雑誌『Rockin' On Japan』(1992年11月号)で近況報告。しかし再び音信不通に。
1993年4月17日 新宿LOFTで行われた花田裕之のシークレット・ライヴで井上富雄(b)、池畑潤二(d)が参加し、3人編成でルースターズ・ナンバーを演奏。後半には下山淳(g)も加わり、「Neon Boy」を演奏。
1994年7月10日 日比谷野音で行われたイベントで花田裕之(vo,g)、下山淳(g)、井上富雄(b)、池畑潤二(d)が延原達治(vo/The Privates)をゲストに迎えザ・ルースターズ名義で出演、「Mona」「Fad Away」「Dissatisfaction」を演奏。
1995年1月25日 花田裕之のソロ・アルバム『Rockin' On Japan』発売。井上富雄(b)、池畑潤二(d)、下山淳(g)参加。
1995年3月21日 非公式な形で出回っていたザ・ルースターズの未発表音源集『Legendary Live At 80's Factory』『Rock'n'Roll Bible』の2作が、ジャケット・内容を一部変更した上で日本コロムビアから発売。
1995年6月21日 ザ・ルースターズの2枚組ベスト・アルバム『Best Song Collection』発売。
1997年5月21日 ザ・ルースターズのベスト・アルバム『The Very Best of THE ROOSTERS』発売。
1999年2月 インターネットのメーリング・リスト"The Roosterz ML"上で大江慎也の近況が明らかになる。
1999年4月17日 トリビュート・アルバム『Respectable Roosters』発売。好セールスを記録。
1999年5月29日 赤坂BLITZにてトリビュート・ライヴ開催。各出演バンドに花田裕之がゲスト参加したほか、花田裕之(g)、井上富雄(b)、池畑潤二(d)、下山淳(g)が"Who The Fuck Is The Rooster?"名義で参加。
1999年9月1日 ザ・ルースターズのデビュー前のデモ音源をを収録したアルバム『I'm A King Bee』発売。
1999年9月 休養中の大江慎也、雑誌『Rockin' On Japan』(1999年10月号)でインタビューを受ける。
解散後 (2000〜2009)
2000年3月18日 ザ・ルースターズの大江慎也在籍時のオリジナル・アルバム6作がデジタル・リマスター、紙ジャケット仕様で再発売。
2001年10月14日 花田裕之(g)、井上富雄(b)、池畑潤二(d)、下山淳(g)がROCK'N'ROLL GYPSIESとして北九州博覧祭に出演。
2002年2月22日 北九州博覧祭のライヴを収めたROCK'N'ROLL GYPSIESのライヴ盤『Who The Fuck Is The Rooster?』発売。
2003年6月18日 ROCK'N'ROLL GYPSIESとしての初のスタジオ・アルバム『I(First)』発売。同日、下北沢Club 251で行われたレコ発ライヴではアンコールに大江慎也が久々のステージ復帰を果たし、大きな話題となる。
2003年8月 大江慎也、福岡のミュージシャンとAlternative Musicを結成。8月30日に福岡、11月に熊本でライヴを行い、その後解散。
2003年9月10日 ザ・ルースターズのオリジナル・アルバム11作がデジタル・リマスター、紙ジャケット仕様で再発売。
2003年12月 大江慎也、UNを結成。メンバーは大江慎也(vo,g)、鶴川仁美(g)、小串健一(b)、坂田"鬼兵"紳一(d)。
2004年7月30日 Fuji Rock Festival'04にThe Roostersがオリジナル・メンバーで出演。バンドは正式に解散。
2004年9月29日 ザ・ルースターズの未発表を含むボックス・セット『Virus Security』発売。高額にも関わらずヒットを記録。
2004年10月20日 大江慎也のバンド、UNのアルバム『Knew But Did Not Know』発売。レコ発ライヴも行われるが、その後解散。
2005年6月 大江慎也、ライターの小松崎健郎との著書『words for a book』出版。
2005年7月 大江慎也(vo,g)、花田裕之(g)、井上富雄(b)がAcoustics GOGO名義でFuji Rock Festival'05に出演。
2006年3月8日 大江慎也、ソロ・アルバム『THE GREATEST MUSIC』発表。花田裕之(g)、井上富雄(b)、池畑潤二(d)が参加。
2007年4月4日 ザ・ルースターズのオリジナル・アルバムを復刻したLPボックスUltimate LP Box〜Biggest Trip発売。
2008年6月18日 ザ・ルースターズの未発表ライヴ音源を収録した『Live'82』発売。
2008年10月11日 博多で行われた池畑潤二主催のイベント"Big Beat Carnival"においてThe Roostersのオリジナル・メンバーが集結し、演奏を行う。
2009年2月18日 ザ・ルースターズの2枚組ベスト・アルバム『ゴールデン☆ベスト』発売。
2009年8月11日 恵比寿・Liquidroomで行われたOccupy主催によるライヴ・イベント"TOKYO NIGHT SHOW 恵比寿篇"に大江慎也(vo,g)、花田裕之(g)がゲスト出演、結果的にThe Roostersのオリジナル・メンバーが集結し、演奏を行う。
2009年12月29日 The Roosters、結成30周年を迎え、福岡サンパレスにて一夜限りのライヴを行う(予定)。
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